大切なものは

第 7 話


白い肌よりも、さらに白い包帯がその体を覆っていた。

「これは・・・」

怪我?そんな話きいていない。
胸部と腹部を覆う包帯に手をかけようとした時、ルルーシュは慌ててその手を払った。
パシリと鳴り響いた音とわずかな痛みで、スザクは我に返る。

「枢木!貴様、いくら友人とはいえあまりにも無礼だぞ!!」

怒りに燃える瞳に、思わず息をのみ手を放しかけて。
元々の発熱に加え、怒りと羞恥も加わり、その顔は先ほどよりも赤く染まっていた。
なるほど、この発熱は怪我のせいかと、包帯の下を見る事は思いとどまったのだが。

「・・・嘘・・・だろ」

視線を動かした先にある違和感に、思わず声が漏れた。

「・・・何がだ」

いったい何が嘘だというんだと、ルルーシュは眉を寄せた。
何がじゃない。
嘘だ、嘘だろ?
これも、お前の嘘なんだろう。

「なんだよこれ、冗談、だろ?」

気持ちとは裏腹に、頭はすべて理解していて、口からは自然と言葉がこぼれる。
わかっている。
ルルーシュのギアスは幻覚を見せたりはしない。
視界に映るものが全てで、こうして目で見ている以上、彼の嘘だらけの言葉など何の意味も持たない。真実だけがそこに映るんだから。だからこそ、ああ、これもすべて彼の嘘だと思いたいのだ。
スザクの視線の先に気が付いたルルーシュは、不思議そうに眉を寄せた。
手を伸ばし、先ほどは彼の体で死角になっていたその場所に触れる。
左肩に触れ、確かめるように手を滑らせていく。
そんな僕を不思議そうにルルーシュが見ていた。
嘘だ、きっと何か仕掛けが。
そう思いたいが、この手はその仕掛けを見つけることなどできなくて。
本来あるべきものが失われていることを知らしめた。

「君、腕、どうしたの?」

震えそうになる声をどうにか絞り出し、いつも以上に低い声で訪ねると、やはり彼は不思議そうな顔のままこちらを見ていた。

「・・・見ての通りだ。肘から下はないが?」

いや、正確には、肘から下にわずかだがまだ腕は残っている。肘から、5㎝ほど。そこから先が、完全に失われていた。なぜ、どうして?切り落とした?腕を?なぜ?それにこの体の傷は何なんだ?包帯の下はどうなっている?腕は本当でも、体の傷は嘘か?
突然与えられた負の情報に頭が混乱し視界がぐるぐると回る。

真っ先に思いつくのは拷問だが、皇帝の前に引きずり出した時点で、ゼロであった記憶も皇子としての記憶も、すべて失われているから拷問をする理由は無い。
では、なぜ!?

「・・・先日テロに巻き込まれてた時のものだと聞いている。そのとき、枢木も居合わせ、破損した扉に挟まれて抜けなくなった私の腕を、お前が切断したと説明を受けているのだが?」

扉をこじ開ければ無事だった可能性があるのに、独断で切り落としたと。その説明を受けた時に、ああ、枢木なら後先考えずにやりそうだと思った。意識があったなら間違いなく止めたが、残念ながら手術が終わるまで意識をなくしていた。
そんなことをルルーシュは淡々とした口調で説明した。

「・・・何それ?テロに巻き込まれた?いつ?この体の傷もその時のもの?この腕、僕が、切り落としたって?誰か、そんなウソを・・・」

いや違う、これもルルーシュに加えられた新たな設定なのだ。だからルルーシュに合わせ、全て知っているふりをするのが正解だった。片腕を切断することで彼の行動を制限したのかもしれない。
そう気づいたのは、知らないと口に出してから。
しまったとは思ったが、こんな事知らなければ対処のしようがないじゃないかと、この件に関する説明不足に苛立ちを感じた。
なんだよその設定。
左目の眼帯に枢木呼びで、その上左腕がなく体にも怪我?
そういう話こそ、僕に説明するべきじゃないのか?

「・・・私はそう聞いていたが、情報に間違いがあったようだな」

この腕を切り落とした本人が、それを知らずにこれだけ動揺しているのだ。
ラウンズの誰かが切り落としたが、ラウンズの名に明るくない者が目撃し、若いラウンズだからとセブンを名指ししたのか、あるいは皇帝直属の軍師である自分の腕を独断で切り落とす罪を、ナンバーズ出のスザクに押し付けようとしたのか。
どちらも可能性がある。
この男は、こんなことで嘘をついたりはしない。
何よりも、この動揺は本物だ。
ルルーシュはそう判断し、いくらか警戒を解いた。
スザクは友人だ。だが、この腕を切り落としたのはスザクで、この体の傷は刃物によるものだという。それは、スザクがこの体に刃を突き立てたということではないのか?腕には理由があったが、体はなぜ?まさか、友人のふりをしてこの命を狙っていたのか?と、ルルーシュは警戒していたのだ。

「傷は、新しいんだよね?熱は傷のせい?なんで病院で治療を受けていないんだ?こんな体で動き回るなんて死にたいのか!」

ルルーシュが捕縛されてから、まだ1か月足らずだ。
あの日の彼に、こんな傷はなかった。
左腕も、ちゃんとあった。
だから1か月以内に負傷している。
いまだにこれだけ仰々しい包帯を巻いているのだから、傷がふさがっているかも怪しいのではないだろうか。腕の包帯だって、痛々しいぐらいに巻かれている。

「病院で治療?面白い冗談だな、枢木。病院など私の命を狙う輩が、いつ侵入するかわからない場所だろう?医者のふりをして、薬という名の毒を手渡せる絶好の場所じゃないか。そんな所にいられるわけがないことぐらい、少し考えればわかるだろう?手術はすでに終わっているし、私はお前と違って戦闘を行うわけではない。普段の生活をする程度なら、自室療養で十分だと判断したまでだ。この程度の怪我をしたところで、私のこの頭脳に問題が起きるはずもない。ならば、皇帝陛下のナイトオブラウンズとして、その責務を全うするべきではないか?」
「こんな熱を出して大丈夫なはずないだろう」
「何も問題はない。今日は随分と体が楽だからな」

そういいながら、ルルーシュは体を起こした。
覆いかぶさっている形だったスザクはそれにつられ体を起こす。いまだ片腕なのにはなれていないのか、ぎこちない動作で上半身を起こしたルルーシュは「そこに携帯がある、取ってきてくれないか」とスザクを使った。もう時間がないからビスマルクに電話をかけ、打ち合わせを明日に変えてもらうのだという。
スザクが側を離れると、ルルーシュは立ち上がった。ふらりと揺れるその体は、まるで幽霊のように見え、背筋が冷たくなった。

「テロは、いつの話?」

携帯を渡しながら訪ねた。

「5日前だ」
「・・・そうか」

そんな話、やはり覚えはない。
スザクが聞かされていないだけで、どこかでテロが起きたのだろうか。

「ビスマルクか?ああ、私だ。すまないが、今日は・・・ああ、では明日」

そう言って切ろうとした電話をスザクは奪い取り、電話の向こうのビスマルクに話しかけた。幸い、あちらはまだ切っていなかった。当然か、反逆者であり記憶をなくしているとはいえ、ルルーシュは皇族だ。こちらの回線が切れるまで待機していたのだろう。

「ヴァルトシュタイン卿、枢木です」
『ああ、枢木か。すまなかったな、礼を言う』
「そのことでお話が。彼は今高熱を出し、とても出歩ける状態ではありません」
『熱を?』
「5日前のテロをご存知でしょうか?」
『・・・何の話だ?』

明らかに声が低くなった。
この反応、ビスマルクも知らないのか。
ならば本当にあったのか疑問が残る。

「5日前のテロに巻き込まれ、負傷した時の傷が原因での発熱かと思われます」
『負傷?怪我をしているのか?』

動揺した声に、わずかだが安堵してしまった。

「はい、包帯の下は確認していませんが、胸部と腹部を。そして左腕の肘から下を切断されています」

スザクの言葉に、電話向こうで息をのむのが分かった。

『・・・そうか、だから昨日・・・枢木、すまないが今日は一日、キングスレイの警護を任せる。キングスレイには体を休ませ、医者が必要なら手配をすると伝えてほしい。私はこれから事実確認に向かう』
「イエス・マイロード」

切られた電話を渡すと、勝手なことをするなとルルーシュは怒りで顔をゆがめ、スザクをにらみつけていた。

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